畿内の色が濃い港町で、律令時代より前からヤマト王権の日本海側入口として盛えて来た。奈良時代からの文化財も多く残るため、「海のある奈良」という異名を持つ[1]。
3月に奈良の東大寺で実施されるお水取りの水は、遠敷川・鵜の瀬から送られた物と言われている。又、伊勢志摩や淡路島と列んで、海産物を奈良や京都まで送った地域(御食国<みつけくに>)の1つでもある。
江戸時代には、京極氏や酒井氏が治める小浜藩の城下町だった。この代から、鯖の水揚げ基地ともなっており鯖街道の起点となった。
福井県南西部、若狭国中央部に位置し、北は若狭湾とその内湾である小浜湾に面する。古くから日本海の要港だった。東南部から小浜湾に流入する北川流域に平地が開ける。
小浜は「御食国」の一角だった歴史から、観光関係者は「心やすらぐ美食の郷 御食国若狭おばま」をキャッチフレーズに掲げている。