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おおい町(おおいちょう)は、福井県南西部の町。2006年3月3日に遠敷郡名田庄村と大飯郡大飯町(読み同じ)が合併して誕生した。

行政区域はリアス式海岸の続く若狭湾から、丹波山地に連なっている。

大飯地区には陸繋島である大島半島の先側が含まれるが、橋で町中心部と直接接続しており、半島の付け根部分を有する高浜町を通らず往来できるようになっている。

名田庄地区と大飯地区の間は峠道で、大型車の通行ができない。両地区間の連絡は、一旦小浜市を経由した方が便利である。

名田庄地区には若狭と京都を結ぶルートの一つ周山街道が通り、かつては魚介類や塩がこの道を通り運ばれていた。室町中期から戦国期にかけて、将軍家の縁戚だった武田家の領国若狭には、飛鳥井家など、都から多くの公家が下向したことが知られるが、中でも、陰陽師の安倍晴明の直系子孫である土御門家は、応仁の乱を避け、京都からこの地に移り、乱が収まるまで数代にわたり居住した。京都と同名の社寺が残り、かつての屋敷跡一帯には、小京都の風情がある。このような正統な意味での小京都は、一条家の土佐中村や、高倉家の秋田角館など、全国でも例が非常にかぎられ、貴重な存在である。本家は、秀吉や家康によって、京都に呼び戻されたが、現代も若狭に残った庶子の子孫が、陰陽道の流れを受け継いでいることで知られている。

おおい町石山の石山武田氏遺跡は、若狭武田氏終焉の地として有名である。元遠敷郡後瀬山城主で、最後の若狭武田氏当主となった武田元明は、越前朝倉氏の滅亡後、織田信長より大飯郡石山に於いて3000石を与えられた。正室である竜子(のちの松丸殿)とともに石山において平穏に長らく暮らしたとされる。もともと石山は武田家の重臣武藤友益の居城があった場所であり武田家に縁の深い土地であった。しかし信長没後、明智光秀に同調した武田元明は、武田家遺臣を糾合し丹羽長秀の本城・近江佐和山城を攻めたため、羽柴秀吉・丹羽長秀により自刃させられた。武田元明が没することにより若狭武田家は滅亡した

福井県内では、若狭町に次いで郡を越えた合併となった。郡の所属については、名田庄村が「名田庄村をイメージするような名前の新郡を新設する」という構想を持っていたが、かつて小浜市が大飯郡加斗村を合併したときのいきさつのほか、大飯郡高浜町が郡の新設に難色を示したために断念し、大飯郡に属することとなった。また、名田庄村の各地区には集落名の頭に「名田庄」がつくこととなった。

名田庄地区はかつて林業が主幹産業であったが衰退し、現在の特産品にはジネンジョ、名田庄漬のブランドで生産・販売されている漬物がある

大飯地区には原子力発電所があり、これにより財政は豊かである。


 


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